古文単語「いぬ/往ぬ/去ぬ」(ナ行変格活用)の意味と覚え方を解説!
「いなくなる」という意味の古文単語「いぬ」だが、実は方言として地方に残っている言葉だ。現代使われている日本語も、急に現代文になったわけではない。
古文が徐々に変化し現代へと至る。
ニュアンスが違っていたとしても残っている言葉もある。
古文は外国語ではない。れっきとした日本語であり、「いぬ」もまだ生きている日本語のひとつだ。
国語講師。
大学受験Gnoble(グノーブル)で現代文・古文・漢文を指導、難関大学に多数の合格者を輩出している。
東大をはじめとする難関大学に多数の合格者を輩出している。
カルチャースクールや公民館などでも教えており、6歳から90歳まで幅広い層から支持される。
東京大学教養学部卒業。塾講師や学校の教員として教えながら、慶應義塾大学文学部を卒業、放送大学大学院を修了するなど、自身も学び続けている。
著書に、『東大生の超勉強法』(枻出版社)、『イラストでわかる超訳百人一首』(KADOKAWA)、『10分読書』(集英社) など。
目次
「いぬ/往ぬ/去ぬ」は動詞、ナ行変格活用
「いぬ」は「ナ行変格活用」で、活用形は以下のとおり。
未然形 | いな |
連用形 | いに |
終止形 | いぬ |
連体形 | いぬる |
已然形 | いぬれ |
命令形 | いね |
活用語尾だけ読むと「な/に/ぬ/ぬる/ぬれ/ね」となる。語幹は「い」。
「ず」をつけたときに「いなず」となるので、「な/に/ぬ/ぬ/ね/ね」の「ナ行四段活用」と間違いがちだ。
ナ行四段活用との混同に注意しよう。
ナ変は悲しい意味である「死ぬ」「いぬ」しかない。
その悲しみをこめて「いぬる」「いぬれ」という、普通の四段とは違う力強い発音になるとイメージしておけば覚えやすい。
「死ぬ」「いぬ」の2つは特別と覚えよう。
意味1:行ってしまう、去る、いなくなる
基本的な意味のニュアンスは英語の「has gone」をイメージするとわかりやすい。
「行ってしまったきり戻ってこない」という意味だ。
通常、「行ってしまった」と言いたいときは、過去や完了の助動詞の「た」が必要だが、「いぬ」は一語だけで「行ってしまった」を意味する。
単語自体に「has gone」という現在完了の語感がすでに入っているのが特徴だ。
大野晋『古典基礎語辞典』(角川学芸出版)によれば、もともと「ぬ」一字で、「なくなる」という意味の古い語があったようだ。
まめに思はむといふ人につきて、人の国へいにけり。
(伊勢物語)
【現代訳】
誠実に愛そうと誓う人につき従って、地方へ行ってしまった。
意味2:時が過ぎる、経過する
「行ってしまった」の意味から派生させると、時が去る、時が経過するという意味となる。
契(ちぎ)りおきしさせもが露(つゆ)を命にて あはれ今年の秋も去(い)ぬめり
(百人一首、藤原基俊)
【現代訳】
約束してくださった、させも草に置く露のようにはかないお言葉を頼りにして生き長らえてきましたが、ああ、約束が守られないまま、今年の秋も去っていくようです。
意味3:死ぬ、世を去る
「行ってしまった」→「戻ってこない」→「死ぬ、世を去る」の意味となる。「死」の遠まわしな表現として用いられる。
「去る」「絶ゆ」なども同じように死の婉曲表現になる。
いつしかと待つらむ妹(いも)に玉梓(たまづさ)の言(こと)だに告げず往(い)にし君かも
(万葉集、大伴宿祢三中)
【現代訳】
「早く帰ってきて!」と待っているだろう愛しい女性に、連絡の言葉も告げずに死んでしまった君だなあ。
和歌では因幡・稲羽山の掛詞として使われる
「たち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来(こ)む」
(百人一首、中納言行平(=在原行平))
【現代訳】
出発して別れ、因幡国に行ったとしても、稲羽山に生える松のように「待つ」と聞き付けたら、すぐに帰って来ようと思う。
「往なば」の意味を知ることで、初めてこの歌がもつ哀しい情景と意味がわかるようになっているのだ。
羅生門に登場する「往ぬ」の意味は?
「行った」「行ってしまった」という意味
芥川龍之介の『羅生門』は、高校の教科書にも載っているので、読んだことがある人も多いだろう。『羅生門』には、「太刀帯(たてわき)の陣へ売りに往んだわ。」という1文がある。
これは、古文単語「往ぬ」+現代語の過去の助動詞「た」。本来「往にた」となるところ、撥音便(ん)になったり「た」が濁音化したりしている。
「行った」というニュアンスだ。
「往ぬ」と「去ぬ」の違いは?
字が違うだけで意味に差はない
「往ぬ」と「去ぬ」はほぼ同義だ。古文では原文はひらがなで書かれているところに、後の時代になって漢字を当てていることも多く、字による違いを深く考えても仕方がないことが多い。
「さながらもていぬ」(十訓抄、東北大2000年、訳:そのまま持って行く)のように、問題文としてひらがなのまま書かれることもある。
その場合、「ゐぬ」(ワ行上一段「ゐる」+打消「ぬ」連体形)などとの混同に注意しよう。
練習問題をやってみよう!
1、前栽(せんざい)の中にかくれゐて、河内(かふち)へいぬる顔にて見れば(伊勢物語)
2、「黄泉に待たむ」と隠沼(こもりぬ)の下延(したは)へ置きてうち嘆き妹(いも)がいぬれば(万葉集)
───────────────────
【解答】
1、行ってしまう 連体形
2、死ぬ 已然形(黄泉(よみ)の国=あの世 から考える)
吉田先生からのメッセージ
「いぬ」はナ行変格活用の基本の動詞。
和歌の世界では掛詞で使われることも多く、「死ぬ」という意味でも使われる特別な単語です。
ナ行変格活用は「いぬ」と「死ぬ」の2つしかありません。
「な/に/ぬ/ぬる/ぬれ/ね」の活用形とセットで覚えておきましょう。
従って、和歌で季節が過ぎ去ることを「いぬ」と表現している場合、恋人と過ごした、または過ごすことができたはずの同じ季節は二度と戻ってこないという、切ない胸の内を読み解くことができる。
こうしたニュアンスは、現在でも使ってみたい表現方法なのではないだろうか。
参考文献/小学館『新編 日本古典文学全集』(古文は意味を理解しやすいように漢字表記に改めるなどした部分がある)
取材・文/櫻庭由紀子 監修・古文訳/吉田裕子 デザイン/ロンディーネ 構成/寺崎彩乃(本誌)
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